認知症…その3

 高齢者の在宅医療を行っていると、患者様の中に認知症に罹患している方を多く見ます。認知症の原因の一つは加齢なので、当然といえば当然なのですが、幻視や幻聴、“物盗られ妄想を実際に経験すると、医療の限界を感じてしまいます。
 実際、認知症の治療において、今現在多くの原因疾患を治癒させることはできません。進行を遅らせることしか出来ないのです。しかし、その中でも、我々医療者や介護者が、患者のためになる事はあります。それは、患者の想いを聞き、理解し、“ともに生きる”というコンセプトの上に立った介護だと思います。
 私達は一般に、「認知症になった」というと、その患者はもう何もできなくなるのだと考えがちです。しかし、認知症になると何もできなくなるのではありません。“できる事”と“できない事”が健常人より多少多くあるだけなのであって、患者自身がその尊厳を無くすものではないのです。
 オーストラリアにクリスティーン・ブライデンという女性がいます。当時、政府の高官であった彼女は、46歳で認知症を発症しましたが、臆することなくメディアで自分の病気を発表しました。彼女は自ら書き記した本の中で、認知症に罹った自分自身の患者としての思いを述べています。
 『私は誰になっていくの−アルツハイマー病者から見た世界』私は誰になっていくの?―アルツハイマー病者からみた世界
(原題:死ぬ時、私は誰になっているのか)
この本の中で、彼女は自らの病気に驚愕し、自らが無くなるのではないかという恐怖を抱いた事を語っています。確かに、患者自身、記憶がなくなっていく事、住み慣れた場所で迷うこと、日時・曜日を間違えることを繰り返していくと、自分自身がどうなるのか・どうなっていくのか不安になっていく事でしょう。同時に、一緒に住む家族も患者の介護を考えると将来に対する不安を抱くと思います。
しかし、彼女はその記憶障害にさいなまれる中で、自分自身の魂は決してなくならないことを自覚します。認知症患者は、記憶を失くしていきます。時に、言葉も行動も失くしていきます。しかし、だからといって何もできないのではありません。何もできないと他者から決め付けられ、何もさせてもらえない事・気持ちを理解してもらえない事に深く傷付くのです。そのひとつの表現が、反社会的行動(暴言など)や易怒性の発現なのではないでしょうか。
 では、どうすれば認知症患者の想いが理解できるのでしょうか。そのひとつの試みが”センター方式”と呼ばれるものです。
   センター方式 http://www.itsu-doko.net/center/02.html
 他に、患者の声を静かに聞く為に、”バリデーション”というやり方もあります。
   バリデーション http://www.clc-japan.com/validation/
 いずれも認知症患者の心の声を聞くための有効な方法だと思いますが、それよりもまず大切なのは、患者を厄介なものとしてではなく、同じ一人の人間として接する心を持つことだと思います。
 薬剤師は、医師とも、また介護者とも違い、お薬を通じてしか患者様に接することはできないのかもしれません。しかし、在宅医療においては、医師以上に話を直接聞くことのできる医療者でもあると私は思っています。何もできないのではなく、認知症患者の声を、願いを受け止めることのできる薬剤師でありたいと思っています。