日医総研5月13日ワーキングペーパーについて

 日本医師会シンクタンクである日医総研(日本医師会総合政策研究機構)は、研究内容をワーキングペーパーという形で公開しています。
 2009年5月13日のワーキングペーパーには、前田由美子さんが”医療費抑制政策下での医療費分析−調剤医療費の伸びについての一考察−”と言う記事を書かれていました。
 ”医療費抑制政策下での医療費分析−調剤医療費の伸びについての一考察”
   http://www.jmari.med.or.jp/research/summ_wr.php?no=403

 この中で、筆者は2009年4月〜12月にかけての医療費総額の増加分(対前年同期比+2.1%)の内、調剤が+5.6%と突出している点に注目し、その理由を

  1. 院外処方の拡大
  2. 処方箋発行枚数の増加は緩徐であるが、単価(処方箋一枚当たり医療費)が伸びている。
  3. 調剤単価は技術料と薬剤料に分かれるが、単価アップの7割が薬剤料に依存している。
  4. 後発医薬品の使用促進を進めているにもかかわらず、先発医薬品メーカーが単価の高い薬剤の拡販や合剤などの投入をしている事も単価上昇の一因である。

としています。
 そして、最終的な意見として、院外処方の拡大と後発医薬品の使用促進をうたった政策は、結果的には医療費の増加を招いている。それ故、この政策と医療費の関係について早急に検証すべきと結んでいます。
 つまり、院外処方は医療費の拡大を進めるものだと指摘し、政策の変更を提案していると考えられる訳です。
 しかし、はたしてそうでしょうか。代替案はこれ以外にはないのでしょうか。
 また、院外処方・医薬分業は医療費の増大を図る事だけで止めるべきものなのでしょうか。
 以下、このワーキングペーパーに沿ってお話を進めたいと思います。

  • 何故調剤医療費が伸びているのか

1)院外処方拡大の影響
 2003年に発表された”医薬分業の進捗状況と保険財政への影響”(ESRI調査研究レポート:佐々木修、郡司康幸)を基に、毎年2〜4%続く国民医療費の総額の伸びの40%が医薬分業による薬局での医療費である事を引用していますが、それは院内の薬剤が院外の薬局に移った事が理由ですから、伸びの原因が薬局にある訳ではありません。
 また6年前は、後発医薬品使用促進も謳われず、院内では在庫の関係で使えなかった薬剤も処方できるようになった事から、薬剤費が増えた事実はあっても、患者にとっては医師が必要と考える処方を受ける事が出来たメリットもあったと考えられます。
 次に院外処方によって、従来院内にあっては調剤技術基本料8点と処方料(7種以下の薬剤)42点で合計50点で済むものが、院外にあっては薬局の調剤基本料40点と医師の処方箋料(7種以下の薬剤)68点で合計108点、つまり58点の差額分が医療費にかかることになる点を挙げられています。
 これは事実として正しい見解です。しかし、ペーパーでは調剤基本料の医科8点と薬局40点だけを掲載し、医科の院内処方料42点と院外処方箋料68点を数字として記載しなかったのはなぜでしょうか。こういった記載方法は、読者に薬局に対する偏った見解を生じさせるやり方ではないでしょうか。
 また技術料としての調剤料について「処方日数にもよるが、長期投薬をするほど調剤薬局の報酬が高くなる仕組み。」と述べていますが、これは明らかな誤りです。
 例えば、1週間処方なら調剤料は35点ですが、2週間なら63点です。15日〜21日で68点、22日分以上は56日であろうが90日であろうが一律77点です。どこに長期投薬するほど調剤薬局の報酬が高くなるのでしょうか。こういった誤った記述は発表以前の段階で明白に分かるものです。ぜひ訂正して頂きたいと思います。
2)何故薬剤料単価は伸びているか。
 現在後発医薬品使用について数量ベースでは国の目標が30%に対し17.8%と少しずつではあるが拡大しています。ではなぜ薬価の安い後発品が伸びているのも関わらず薬剤単価は伸びているか?これは使用している先発品の薬価が高いためにあります。2年に一度の薬価改正で通常薬価の下がるはずの先発品が相変わらず高いのは、ひとえに新薬の薬価が高いためにあり、先発メーカーは常に新薬を出し続けて平均単価を上げようとしていると筆者は述べています。
 確かにこれは正しく思えます。しかし続いて複数の薬効を持つ合剤も新規薬品として単価を吊り上げる拡販策だという記述には、メーカ側には対しては正しいとはいえるけれども、調剤料が2剤ではなく1剤でカウントでき、患者が支払う総医療費としては安くなる利点を考えると、医療費的には合剤は今後増えるべきものであろうと思います。また、患者の服薬コンプライアンスから考えても、2剤よりは1剤の方がコンプライアンスがよくなるのは自明です。
3)調剤医療費の伸びはなぜ問題か。
 医療保険支出の半分を占める調剤医療費の伸び、特にその内の7割を占める薬剤費が伸びる事で、医療費が増加し続け財政を圧迫していると考えられている。その結果、社会保障費の機械的削減が起こり、医療費が抑制され地域崩壊が現実化した。国民皆保険を守るためには医療費は増加されなければならないにもかかわらず、こういった調剤医療費の薬剤料の増加により、医科・歯科の医療費まで平均的に抑制されるのは問題だと筆者は指摘しています。
 しかし、調剤医療費の薬剤料だけを指摘するのは問題だと思います。
 なぜなら、筆者が示す統計的データというものは、相関を見せるのものであって、原因を指摘するものではありません。分業率58%にまで分業した中にあって、薬材料が病院・診療所から調剤薬局にシフトしたことで伸長率に差がついたのです。
 指摘するのであれば、医科・歯科・調剤の薬剤料合計を考えるべきであり、院内処方の場合は使いたくても在庫の加減で使えなかったものが院外処方で使えるようになった為に増えたという面も考えるべきだと思います。
4)今後も院外処方を拡大すべきか。
 日医総研は、医薬分業は「二重手間」と「患者負担金」の増加という二つの不便を課す仕組みだとしています。
 また、院外と院内の調剤基本料の差額32点を示し、年間1935億円の医療費が上乗せされていると指摘し、同時に処方料と処方箋料の格差から生じる医療費の上乗せ分も推定1635億円であると指摘しています。
 これらによって医療費の拡大を招く”院外処方拡大”という政策を取り続ける為に支払われる診療報酬のインセンティブを、医科の施す医療の中味そのものに財源を手当てすべきではないか、その為に院外処方拡大と医療費との関係について分析し、医療の質向上が現実にはかられているのかを示すべきと筆者は結論付けています。
 確かに、院外処方にすれば、上記記載の如く処方箋1枚当たり58点高くなります。したがって、この点数分患者の負担を強いることになる訳ですが、院外処方を止めずに患者負担を安くする代替案を提案してみたいと思います。
 それは、処方日数を延長するという案です。今現在診療所で多く処方される日数”14日”を”28日”にすれば、受診回数が1回分少なくなるわけですから、処方箋料68点と調剤料49点(14日2回で126点−28日分77点)合計117点も安くなります。さらに”28日を56日処方にすれば調剤料で77点・処方箋料で68点合計145点も安くなります。また、診療所で行う検査も減らす事でさらに安くする事が出来ると思います。
 つまり、医師が処方日数を延長すれば、院外処方を止めるよりはるかに患者負担は少なくて済むのです。
 しかし、そういった処方の延長、例えば慢性疾患の安定期の患者に処方日数を延ばす事が出来ないというのなら、その理由はなんなのでしょうか。それを提示して頂きたいと思います。
 次に、二つ目の代替案として、”リフィル処方箋”を提案したいと思います。これは、”お薬だけ”という患者さんに対し、医療機関に受診せずに、薬局で症状が変わらない事を確認した上で、前回と同じ薬を調剤するというものです。今現在も”お薬だけ”という患者さんがおられる状況を考えると、アメリカのように薬局の窓口で薬だけを受け取る”リフィル”を採用すれば、受診料が無料になり”二重手間”も省けるし、患者負担金も安くなります。

 日医総研にあっては、院外処方・医薬分業の負担金や手間を指摘する前に、そもそも”医薬分業がなぜあるのか。”を考えて頂きたいと思います。
 人は誰でも間違えます。これは米国医療の質委員会/医学研究所が”To Error Is Human"という本を記し、より安全な医療システムを目指している通りです。だから、海外では医薬分業は当然のごとく行われ、薬剤師は医師の処方する薬を何度もチェックしているのです。
 ”人は誰でも間違える”人は誰でも間違える―より安全な医療システムを目指して
 医師が患者を診察し処方する、しかしその際にアレルギー歴をや体重を聞き忘れたり、併用薬を聞かなかったり、健康食品の摂取を聞かない時もあります。それを再度薬局で患者さんから聴取し、医師の処方をチェックする。薬剤師法19条で調剤の占有権を薬剤師のみと規定したのは、二重チェックで患者さんを薬害から守るためではありませんか。処方権を侵害しているのではありません。患者さんが抱えるかもしれないリスクをゼロにするように分業はあるのだと私は思っています。

 医療費の削減などという政府の愚行を防ぎ、患者さんの暮らしを守るために、今一度医薬分業について考えて頂きたいと思います。