貧困の光景

約10年前、薬剤師の募集をしていた時の話です。28歳の女性薬剤師が応募してきました。ただ彼女には勤務条件がありました。それは8ヶ月しか働けない事。
彼女は薬剤師免許を取得した後、海外青年協力隊に参加し、アフリカの地で外国人医師達と共に医療に携わってきました。しかしその仕事の中、医療よりもこの地でしなければならないのは、水や汚水の処理・食事の調理の仕方など公衆衛生だと感じたそうです。病気にかかった人を助ける事も大事だけれど、もっとその前の公衆衛生の知識を与える事の方がこの地の人たちには大切で、それが多くの人たちの命を救う事になると考えたのです。そのために、留学してアメリカの大学で公衆衛生の勉強を学び、再びアフリカの地で国連職員として赴任し、多くの人に学んだ知識を伝えようと思ったそうです。そのアメリカの大学の入学試験まであと8ヶ月、仕事をして入学資金を稼ぎながら、受験資格のTOEIC860点をクリアするよう勉強したいのだが、薬剤師募集の薬局でこの話をすると何処にも断られる、でも働かせてもらえないかと語ってくれました。
遠い昔、大学2年の時、私は自然の中の動物の姿が見たくて、一人アフリカに行ったことがあります。ケニアでガイドを雇い、ケニアタンザニアウガンダを廻りました。当然、夜はロッジに泊まったのですが、昼移動時は各地の村々を廻りました。そこでは古びた家々と、あまり清潔ではない服装の人々が住んでいました。当時はそんな事に気も付かず、のんきに旅を楽しんでいました。
一般に薬剤師の仕事を新人薬剤師に教えるとなると1年はかかります。まともな薬局経営者なら、8ヶ月しか働かない薬剤師など雇うはずはありません。でも私は雇いました。理由は簡単です。まともじゃないからです。一人の人間として、この女性の志の高さに胸を打たれたからです。
若い頃、ボーイスカウトのリーダーをしていました。年末になると、ユニセフの募金を子供達と駅前で募る活動をしていました。集めた募金をユニセフに送り、いいことをしたなあと感じていました。そのお金がどのような形で世界の子供達に渡っているか、募金で買った機械がその外国の地では関税をかけられたり、故障したらそのまま放置されている事を調べもしないで・・・・
日本では格差社会が顕著になって、仕事が無い・食事が摂れない人がいます。ワーキングプアも生じてきました。かたや、何十万のローレックスやブルガリの時計、クロエのバッグが買い漁られます。しかし、世界には町や国全体が貧困に喘いで、飢餓に苦しむ人たちがいます。食べ物をもらったら、それを兄弟や家族に分け与える子供達、洋服を貰ったらそれをすぐに金に変え、家族の収入にする貧しい子供達。それにひきかえ、募金をし、お金を送る事だけで善行を行ったと感じていた私達は本当に裕福なのでしょうか。精神的にはより貧しいのではないのでしょうか。
先日1冊の本を読みました。
貧困の光景「貧困の光景」 曽野綾子著 新潮社
この本には、いまある貧困の原風景が丹念に書かれています。その圧倒的光景に、自らの心の貧しさを感じます。
何かをする為に先ず自分から始めてみる、昔雇ったあの女性の信念が思い出されます。あの時から、彼女は私を育ててくれた多くの師匠の中の一人でした。
この本は今一度私の気持ちを奮い立たせる本になりました。