株式会社と医療

 医療に営利を目的とする企業(株式会社)の参入は似つかわしくないという意見は、医師会をはじめとする多くの医師から述べられています。例えば、小松秀樹医師は、氏がお書きになった“医療崩壊”の中で、“日本の勤務医は、高度な知識と技量で、病者に寄与することに生き甲斐と誇りを感じるから、医療に携わっているのである。医療は社会が共有すべき大切な財産である。医療は市場原理に従って利益を目指す産業ではない。平等に利用すべき社会の共通財と考えるべきである。医師が競争原理に従う経済主体ならば、日本の勤務医は開業医になる。”と、医療に企業は参入すべきでないと明確に述べられています。
 医療崩壊ー「立ち去り型サボタージュ」とは何か”小松秀樹医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か
 また、経済側からも、“株式会社という病”をお書きになった平川克美氏は同著の中で、市場原理主義ミルトン・フリードマンの発言を借りて、“株主の利益を最大化するために、あらゆる勢力を注ぐことが企業の義務であり道徳でもある。したがって慈善は非道徳であり、悪である。”と、株式会社の目的を端的に示しています。
 確かに、企業(株式会社)の目指すものは、所有者が株主である以上、短期的利益(お金)です。物言う株主村上世彰氏が「お金儲けは悪いことですか」と問うたように、企業の経営者は株主に対し利益を提供しなければ職務を疎かにした事になります。しかし、医療は、宇沢弘文氏が“社会的共通資本:岩波新書”の中でも述べられているように、教育や司法・行政などと同じく社会的共通資本(特に制度資本)−ひとつの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、豊かな経済生活を営み、優れた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的・安定的に維持することを可能にするような社会的装置―です。利益を生まなければ制度自体を止めたり、ある特定の富裕層向けにだけ高額で提供するようなものではありません。
 現実に、施設介護に参入している居酒屋ワタミの渡辺社長が、報道で「なぜ、訪問介護に参入しないのですか。」と問われた時、「施設介護においては、利用者は食事など費用を自分で負担しなければならない部分があり、その部分で競争も出来るし、利益を得る事も出来る。しかし、訪問介護では全てに介護保険の利用点数が決まっており、営利を目的とする企業には不向きである。社会的な制度は、企業が行うべきものではない。」と述べられた発言の中に、同じ社会保障である医療も同様であることがわかります。
 ”社会的共通資本”宇沢弘文著 岩波新書社会的共通資本 (岩波新書)
 このような医療制度に対する一般的意見の結果、規制改革・民間開放推進3カ年計画(H18年3月31日閣議決定)における決定内容として掲載されているものでは、「株式会社による医療機関経営への参入等医療機関経営の多様化」事項に対し、「構造改革特区において、対象分野を自由診療でかつ高度な医療に限定して行う。」と決まりました。そして、実際には申請はわずか限られたものとなっています。
 しかし、医療制度はぎりぎりのところで守られたわけではありません。日本経済新聞7月31日掲載記事によると、SBIホールディングズは来年4月より、提携する医療機関を通じ、有料会員に対して健康保険適用外の先端医療機器を使った治療や健康診断を提供する事業を始めるということで、費用は入会金数千万、年会費三百万前後だそうです。つまり、富裕層向け医療サービスの実施、お金を持っているものだけが良い医療を受けられるというシステムを、営利企業が作ることになります。そこには社会が共通して等しくもつ医療ではなく、貧しい人には受けられない医療が存在することになります。そんな社会を人々は望んでいるのでしょうか。この世の中は、お金がすべてなのでしょうか。ホリエモンこと堀江貴文氏は以前「金で買えないものはない」と言いましたが、金で買えないものが在る事は周知の事実です。そして、医療においては、貧富の差に関係なく誰もが等しく受けられる医療であるよう、制度を考えていく必要があると思います。