明香ちゃんの心臓

明香ちゃんの心臓 <検証>東京女子医大病院事件
 この本は心房中隔欠損の手術後に亡くなった、当時12歳の明香ちゃんの死因を究明するご両親の戦いの記録を書き記した本ですが、決して原因が究明された事で終わるお話ではありません。繰り返される医療事故を未然に防ぐため、そして起こった事故をどのように病院と患者の間で明らかにすべきなのか、現在の医療が抱える多くの問題を詳らかにし、その解決策を模索するための貴重な事実を表した本だと私は思います。
 事故は日本で最高の技術を誇る東京女子医大心臓血圧研究所で起こりました。手術のミスや人工心肺装置の操作ミスなどが重なり、幼い命は失われました。しかし、この物語の本質は、ミスの原因を明らかにして医師を責めるものでありません。手術室という密室で起こった事故を隠蔽するのではなく明らかにすることで、患者と医師のより良き関係を築き、明日の開かれた医療を作ることを提案することが主題だと私は感じ、感動を覚えました。
 医療はどのように技術や知識が進もうと完全なものではありません。一人ひとりの人間の数だけ患者の状況も変わるのです。例えば、薬でも人によって効き方は異なりますし、思わぬ有害事象も発生します。タミフルによる異常行動の現れ方がバラバラであった事等、記憶に新しい事象です。有名な病院・なんとかランキング一位の病院であっても、絶対に大丈夫というものではありません。そして、術者も“神の手”と呼ばれる医師ばかりがするものでありません。その手術の困難性にもよるのでしょうが、技術を伝え次代の医師を育む為に、若い医師が行うこともありますし、そういう状況を患者サイドも理解する必要があると思います。
 それを理解したうえで、まず医療には情報の非対称性があることを再確認しなければなりません。それゆえ、医療を行なう者は謙虚に患者への共感を持って説明を尽くすこと、患者も自ら勉強してその説明を理解しようとすること、医療者が患者を治療してやっているのではなく、寄り添うことで健全な医療環境を作ることが大事なのであると、この本は説いていると感じられます。
 そして事故が起こった時、この事件のように事故を隠蔽したり、カルテや記録を改竄する行為がどれほどの社会的不信を生むのか、医療者だけではなく社会全体が考え直さなければなりません。不二家雪印も実は根っこの部分は同じなのです。まさに、社会的責任(CSR)を個々の人間の立場から再考する必要性があります。
 そして、特に医療者は患者の痛み・苦しみを感じなければなりません。事故がおこった時、患者と向き合い、被害者と向き合い、真摯にその痛みを受け取り頭を垂れる、それがプロとしての自覚なのだと私は思います。