ドラッグラグ

 先日10月8日の日本TVのニュース番組“ZERO”で、「ドラッグラグ」の事が報じられました。
 これは、ムコ多糖症2型ハンター症候群に現在罹患している少年の命を救うとされる新薬「エラプレイス」が、アメリカや欧州各国ではいち早く承認されているのに日本では未だ承認されない、このタイムラグが生じるのはなぜかというルポでした。
 実はこのルポは、2005年5月9日日本テレビの深夜に流された“NNNドキュメント“「1億3000万分の300=0ですか?」という番組を基にしたもので、この番組作成にあったディレクター湯浅次郎氏は、このドキュメント作成過程で知りえた情報を『新薬、ください!−ドラッグラグと命の狭間で−』(新潮社)という本で詳細に書き記しています。
新薬、ください!―ドラッグラグと命の狭間で
 日本での新薬の承認審査は、現在は独立行政法人医薬品医療機器総合機構で行なわれ、厚生労働大臣が承認します。今年度の日本薬剤師会雑誌10月号では、このドラッグラグを小さくするために厚生労働省が設置した「有効で安全な医薬品を迅速に提供する為の検討会」で審議され、7月末にまとめられた報告書の概要が書かれています。
 これによると、2004年世界売り上げ上位100製品の内、世界で初めて市場に出た時から他の国で市場に出るまでの期間は、米国504.8日・英国511.8日・独逸620.1日に比べ日本は1416.9日と、約2.5年のドラッグラグが生じている事が示されています。
 検討会では、この2.5年の遅れを承認申請までの1.5年と審査機関の1年に分け、1.5年については“治験の着手が遅い”“治験の実施に時間がかかる”、審査の1年については“審査に時間がかかる”と3つの要因によってドラッグラグが生じていると分析しています。
 そこでこのドラッグラグを解消する対策として、

  1. 国際共同治験、いわゆるICHなどに基づく他国での治験結果を相互利用する。
  2. 審査機関を短くする為に、総合機構の審査員を現行の約200人を3年で倍増する。
  3. コンパッショネート・ユース(重篤な疾患で代替治療法がない場合、未承認薬を認めるというもの)を利用する。

 などをあげています。
対策の問題点
 1)審査のあり方 
 ICH(日米EU医薬品規制調和国際会議)は、承認申請データの国際的な相互受け入れを推進して、臨床試験非臨床試験などの重複、いわゆる無駄を省き、新医薬品の審査の迅速化と研究開発の促進を目的としたものです。そのために、共通のガイドラインICH-GCPが作成されており、わが国でもこのガイドラインに基づいて新GCP(Good Clinical Practice)が制定されています。
 しかし、実際のところ欧米人と日本人の遺伝子には明らかに民族的違いがあります。特に、薬物を分解する薬物代謝酵素には民族的遺伝子多型があり、欧米人の治験で問題がなくても日本人には有害事象が生じる可能性があります。一度承認され使用され始めた新医薬品で患者に重篤な有害事情が報告されれば、何のための新薬かわかりません。厚生労働省では現在、たとえ外国人を使った治験データには問題がなくても、日本人を使った治験データの提出を求めています。有害事象の発現の防止を考えれば医療人としては当然に思えます。
 しかし、今回のような稀少疾患(Orphan Disease:患者数が5万人以下)の場合は治験に参加できる患者数を確保できないことがあります。ムコ多糖症2型ハンター症候群は国内で患者数が約300人といわれています。ムコ多糖症1型では数十人です。そして患者の寿命は重症の場合10歳から15歳です。承認の遅れは即“いのち“にかかわります。
 審査における薬の安全性と患者の命を救う有効性、患者の”いのち”を考えれば個別の疾患に応じた審査のあり方があってよいと思います。要は、誰の為に薬は使われるのかを常に考える事が必要なのだと思います。
 2)審査員の増員
 舛添厚労相は13日「新薬の承認にかかる期間を米国並にする。」と発表しました。その為に新薬の審査員の数を現在の2倍の約400人にし、2011年実現を目指すそうです。
 しかし、米国のFDAの審査員の数は約2000人です。英国でも600人です。審査に必要な申請書は約6万ページから10万ページ、積み上げた高さは1メートルを軽く超えるといいます。増員の決定は好ましいものですが、欧米並みが実現できるかは難しい問題です。
(どうすればよいのか)
 審査員の増員、ICHの治験データを可能な限りを利用することは必要不可欠です。特に海外治験データに日本人を利用したものを認めず、あくまで国内で行なった治験データの提出を求める現行のあり方は、再考する必要性があるのではないでしょうか。ただし、民族の違いを考えれば、外国人のみを使った治験データは認めないという基本は守られるべきでしょう。
そして、承認は患者のいのちを優先して行なわれるべきです。審査の遅れの為にいのちを救えなかったという事実を出来るだけ起こさないようにするために、コンパッショネートユースを疾患に合わせて有効に使うべきだと思います。
最後に、今回ドラッグラグを書く為の資料を読み込む間に、いろいろな事実を知りました。ムコ多糖症の患者を支えるバンドワゴン奏者小松亮太氏やレゲエバンド“湘南之風”のチャリティコンサート、小さな“いのち”を救う為・難病に苦しむ患者を理解し支える為に行動する人たち、医療者ではなくても自分たちに出来ることを行なうことで命を救おうとする行為に、自分自身を恥ずかしく思いました。
「エラプレイス」が10月3日に認可された事心からお喜びいたします。
ムコ多糖症親の会  http://mps-japan.org/
  ムコネット     http://www.muconet.jp/
  てるてるいのち   http://teruteru.org/