国のない男

 「国のない男」は、カート・ヴォネガットが書いた最後の本です。
   “国のない男”NHK出版 国のない男
 ヴォネガットは20世紀アメリカを代表する作家で、その作品にこめられた権力者への皮肉と、“皮肉屋”ゆえの社会に対する優しさ・温かさは、彼の作品の底流となっています。
 遺作「国のない男」でも、その舌鋒は変わりません。彼の語る最後の言葉が、私達に伝えるものは何なのでしょうか。
 彼は、アメリカだけでなく世界中の国々を最悪の場所にしてしまった元凶を、利益という名を至上のものとする企業の上層部や、政府を牛耳る取り巻き政治家とし、彼らを“サイコパス(良心の欠如した連中)”と断言しています。 
 利益のあくなき追求や自分の行なっている行為に“迷いのない”“恐れを抱かない”連中など、傍から見ると実に奇妙です。人は迷い、恐れるから人足りえる事を彼は教えてくれます。
 また、読者に対して“幸せなときには、幸せなんだなと気づいてほしい。”と語りかけます。心ある人間は、日々の平凡な暮らしの中にこそ、幸せや真実を見出すことが出来る、そんなことを彼は語りかけているのかもしれません。
 ユーモアとアイロニーに富むヴォネガット最後の一冊が紡ぎ出す言葉は、冷え始めている私達の心に、シャワーのように降り注ぎ温めてくれます。