警官の血

 今年度の「このミステリーがすごい!」第一位”警官の血”は、祖父・父・息子の三代を貫く警察官の人生を、その時代の歴史・人々の暮らしぶりを丹念に描写することによって著した実に見事な小説です。
 ”警官の血・上巻”佐々木 譲著(新潮社) 警官の血 上巻
”警官の血・下巻”佐々木 譲著(新潮社) 警官の血 下巻
 あらすじを記すのは野暮なので書きませんが、上野五重塔の炎上事件・学生闘争・大菩薩峠事件など詳細に調べ、それを作者の筆力で描きぬいたこの本は、その描写だけで読む価値はあります。
 しかし、実はこの本の値打ちはそこにあるのではありません。
 ”正しい事とは何なのか。””法とは社会にあってどんな役割をするものなのか。””人が生きて行く事と法の遵守とはどのような関係にあるのか。”この本は私達に問いかけます。
 国家は法によって私達がこの国で暮らしやすいように守ってくれている反面、その生活を規制します。人は育った環境や教育・宗教観・倫理観によって異なる考え方を持っているのですから、国家として法で制限を加え、国民が住みやすい環境を作るのは当然の事です。
 しかし、遵法である事が”正しい”訳ではありません。”人として間違っている事。”でも、法に抵触していなければ不問に付されます。逆に”人として正しい事。少なくとも間違いではない事。”でも、法はその制度を守る為に罰さなければならない事もあります。この本では、法を守るべき警官が法を破り、職を賭して地域住民の平和と安全を守る姿を描いています。そこには、法の限界を考える一人の人間がいます。
 善悪は法という、自らの"外"で諮られるものではありません。善悪は常に自らの"内"にあります。悪事に手を染めぬよう見張るのは、法ではなく常に自らの"内"なのです。その中で、たとえ法的には罪であろうと、自らの"内”の声を聞き行動する一人の警官の生き方を示したのが、この本です。
 このお正月、小説を楽しむと共に”考える”事をするのにはお薦めの一冊です。