受益者負担

 医療制度における受益者負担とは即ち、患者負担のことを意味します。我が国でも、医療費の財源確保の手段として幾度も患者負担割合が上げられてきました。
 最近では後期高齢者で収入の多い方には現役並みに3割負担となっており、来年には前期高齢者の負担割合が1割から2割にアップされる事が予定されています。
 負担割合を上げる事には二つの意味があります。一つは、先ほども書きました医療費の財源確保ですが、もう一つは受診抑制で、これにより医療費を削減することができます。
 しかし、実はことほど左様に医療費が削減できるものではありません。
 1960年代からRand Health Insurance Experimentが継続して行っている、”医療サービスに関する患者負担の効果テスト”の調査を、1992年にKeelerが報告したものがあります。
 この調査では、実験対象者を次の5つの患者負担のグループに分けます。(但し、一般の家庭では年間1000ドルの負担額の上限をつける。)

  1. 患者負担なし(無料)
  2. 25%の患者負担
  3. 50%の患者負担
  4. 95%の患者負担
  5. 外来診療については合計で150ドルの控除を受けるだけだが、入院医療については無料

 この結果どのようなことがわかったかと言うと

  1. 患者負担が増えると、患者は医療サービスの利用を減らす。特に、貧困家庭やにその傾向が見られるが、所得が低いほど、また子供については外来受診は控えるが入院は控えない。
  2. 外来が患者負担で入院が無料のグループ(⑤のグループ)の入院利用は、患者負担なし(①のグループ)よりも少なかった。つまり、外来と入院は補完的関係にある。

などが報告されました。
 それでは、この実験対象患者の健康には実際どのような影響があったのでしょうか。実験当初には、5つのグループには健康状態に差はありませんでした。しかし、実験終了時には次のような結果が出ています。
 患者負担なしグループの健康状態は、その他の患者負担ありグループより優れている。(血圧・矯正視力・口腔ケアに関して)特に、貧困家庭や病気が元々あった家庭などでその差は著しい。
 つまり、患者負担を上げることで1次的に医療費の抑制はできたとしても、その受診抑制の結果、疾患の度合いは深刻になることが分かります。例えば、高血圧や高脂血症など”物言わぬ疾患”は、初期に治療を行えば医療費や介護費は少なくて済みますが、梗塞や出血が起こってしまえばその費用は莫大となりますし、患者やその家族の精神的苦しみは計り知れないものとなります。
 これは、患者負担(受益者負担)だけではありません。現在の後期高齢者の保険料が、今までの費用よりかなり大きく上回っている、その為に実際受診抑制が少なからず起きている現実があります。実験結果にもあるように、これは重篤化した疾患の発生を増加させる事を意味します。
 後期高齢者医療制度創設によって負担割合を明確化することは、世代間の不公正を是正するものであり、その意味では容認することは致し方ないと私自身は思っています。しかし、それよりも医療費を削減するのではなく、増加する医療費が社会にどの程度必要なのか、その為には税の配分も含めた抜本的思考が必要なのではないでしょうか。