ハチはなぜ大量死したのか。

 日本経済新聞東洋経済に”日本でハチがいなくなっている。”という記事が相次いで掲載されています。
 これは、海外からの女王蜂が輸入されなくなった事が主要な原因とされています。
 しかし、実は世界的には北半球で1/4のミツバチが消えています。
 巣箱やその周りに大量に死んでいるのではなく、働きバチが完全にいなくなっているのです。まさに大量失踪が起こっているのです。
 こういった現象を、現在”蜂群崩壊症候群(CCD:Colony Collapse Disorder)”と呼んでいます。
 その謎を書き記した本がこの本です。
  「ハチはなぜ大量死したのか。(原題Fruitless Fall)」ハチはなぜ大量死したのか
 ハチがいなくなった巣箱には大量の蜂蜜と女王蜂が残されます。通常、蜂蜜を狙ってクマや多くの獣・鳥・虫が集まります。しかし、残された蜂蜜には何一つとして集まりません。
 何があったのでしょうか。蜂蜜にも異変が生じているのでしょうか。
 著者はその理由を追い求めます。
 セイヨウミツバチを襲うミツバチヘギイタダニ、イスラエル急性麻痺病ウィルスによる感染病、人間には影響を与えないとされるネオニコチノイド系農薬の使用など、多くの原因が論ぜられます。
 何が真の理由なのか、原題”Fruitless Fall”(実りなき秋)はかの名著レイチェル・カーソンの”沈黙の春(Silent Spring)”を彷彿とさせ、我々に現代社会の営みを問うています。
 しかし、この本の素晴らしい点はただのCCDの謎解きに終わっていない事です。

 現在では、養蜂業は単に”蜂蜜集め”ではなく、われわれの食生活においてなくてはならないものになっています。
 例えば、アメリカ家庭の朝食のグラノーラに入っているアーモンド、夕食のきゅうり・カボチャ・ズッキーニ・レタス・ブロッコリー、デザートに使うカカオ、トロピカルフルーツ、柑橘類、桃など、これら私たちが口にする食物の80%が、ハエや蜂による花粉交配に依存しています。
 これが人による交配では、均等に花粉を受粉させることができなくなり、その結果できた実はいびつな形となります。ましてや受粉できる花々の絶対量が違いすぎる、つまり、農業において蜂による人工受粉は不可欠なものとなっており、開花期に蜂を地元農家に送り届ける”移動養蜂”は一つの産業となっているのです。
 しかし、1年中それぞれの農作物の開花時期に合わせての移動は、蜂を疲弊させます。
 たとえばアーモンドの花は、2月のわずかな期間の間のみ開花します。この時期は通常蜂は越冬のため、巣箱で互いの身をすり合わせ、じっとしている時期にあたります。しかしその時期さえも花粉交配による収入のため、養蜂家は蜂を働かすため移動を行います。
 自然の摂理に逆らうかのような行為が何をもたらすか、作者は私たちに問いかけています。

 しかし、危機を語ると同時に、作者は一人の養蜂家を紹介します。奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録
 日本において”奇跡のリンゴ”で語られた木村秋則氏の如く、彼の発想の転換と、目先の利益を負わない、彼の真摯な態度がCCDに対する一つの解決策を提示します。
 現代は、人が生活するために自然を利用します。勿論それは間違いではありません。
 しかし、行き過ぎた利用が何を変えるか、温暖化によって起こる干ばつやCCDによって起こる花粉交配不成立を見れば、我々の食の崩壊が始まりつつある事が理解できます。
 この本はそういった環境問題への考察を描いた優れた作品だと言えます。